2007年10月28日

平和の光像

今日、参加した滋賀県人権教育研究大会分科会で紹介のあった「平和の光」像です。

かつて米原には、在日朝鮮人集落があったそうです。
当時は在日の子どもたちも、この地の子どもたちも、仲良く過ごしていたんでしょう。

平和の光像これは、分科会が終わってから撮った写真です。
旧米原小学校跡地に、現存しています。
チマチョゴリを着る在日の子どもと手をつなぐこの地の子ども。
そして、やさしく二人の肩に手を添える女の先生。

平和の光プレート平和の光

朝鮮民主主義人民共和国帰国記念
在日本朝鮮人総聯合会滋賀県米原分会
1960年11月22日

在日朝鮮人帰還事業は、1950年代から1984年にかけて行なわれたそうです。

帰っていった人たちは北朝鮮を「地上の楽園」と信じていたはずです。
この像の子どもたちのように仲良くできることを夢見て帰っていったはずです。

誰が今のような未来を想像できたでしょう。

この像、そしてプレートを目にした私は、やりきれない思いがこみあげてきました。

Posted by kitanifarm at 22:13│Comments(1) 人権教育推進 | 学校教育
この記事へのコメント
日本での生活の困窮と民族差別。
この年、1960年4月、韓国では4月革命により李承晩大統領が下野。
戦前の朝鮮半島では、南は農業地帯、北は重工業地帯でしたから、北の方が豊かであったはず。

北朝鮮に「地上の楽園」を信じたのも無理からぬことです。

でも、現在の現実はまったく正反対。為政者の責任です。

為政者の大儀、そして為政者は、その大儀を背景に権力を振りかざします。
でも、誤った大儀は人民を不幸にします。
このことは、私たち日本人も先の大戦で体験済みです。

米原市の大儀は何か。市民にとってどうなのか。
そんな視点の重要性に気付かされます。
Posted by きよたか at 2007年10月29日 00:34