2009年02月28日

地籍調査委員会

本年度最後の地籍調査委員会が開催され、委員長より経過報告と課題について説明がありました。  
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用水路の泥上げ

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今年度最後の出役は、地権者の皆さんや役員、耕作者による農業用水路の泥上げでした。  
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2009年02月27日

資源ごみの回収

ダンボール、新聞、古紙、広告、雑誌類、ペットボトル、空缶で、作業場がいっぱいになってしまうと、私は軽トラに積んで長浜に向かいます。

国道8号を北に向かうと右手にイセキ農機の見える交差点があります。下坂中町という交差点ですが、これを右折し東に向かいます。北陸自動車道のすぐ手前左側に「不要なダンボール新聞雑誌頂けませんか」という看板がみえます。これが、長浜みなみ共同作業所で、資源ごみの回収をしています。

平日の8時から18時の間ならいつでも受け付けてくれます。便利です。そして、障がい者の自立支援に頑張ってくれている施設の維持にも役立つのですから1石2鳥です。
読者の皆さんも、ご利用になられてはいかがでしょうか。

山東地区からは、北方北の交差点を西に、横山トンネルを越えてさらに西に向かいます。北陸自動車道を越えた右側が長浜みなみ作業所です。  
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2009年02月26日

ふたば会総会

坂田小学校の歴代PTA会長、同窓会長、後援会長で構成されるふたば会の総会が開催されました。
役員選出の件は前年度役員の留任とし、会計決算報告と会員名簿確認は、事務局から説明を受けすべて承認しました。  
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年金記録

77歳の母の年金記録です。
60年前、民間企業に勤務していた記録が抜けていると以前から言っていましたので年金得別便で申告しておきました。

記録が見つかったので手続きが始まりました。
社会保険事務所に出かけたり、その後は書類が何度も送られてきて、住所や生年月日を記載し署名捺印して提出しています。

1月には「基礎年金番号に統合されていない年金手帳番号の統合処理票」と「年金額仮計算書年金再裁定申出書」が送られてきたので、署名捺印して返送しています。
昨日は、再び「年金額仮計算書年金再裁定申出書(同じもの)」と「老齢基礎年金受給権者老齢厚生年金裁定請求書」が送られてきたので、これにも署名捺印して返送しました。

返送後、年金額の再計算が完了するまでに1年程度かかる見込みだそうです。

さて、多すぎる書類は間違いの元です。
部品数が多い装置は寿命が短い、あるいは故障の頻度が高い、つまりエラーが多いのです。信頼性工学の視点からもそういえます。
生産技術的視点からは、工数がかかるといえます。処理するのに時間が掛かるということです。

だから1年もかかるのかな?
この年齢での1年は、ちょっとキツイのではないでしょうか。  
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2009年02月25日

玄箱サーバー

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低消費電力の玄箱をWebサーバーに仕上げようと思います。
Web上にも多くの記事がありますが、下記の書籍を参考にしようとAmazonに発注したところです。


  
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2009年02月24日

いのしし

夕方のことです。山東地区に向かって車を走らせていました。

多和田に差し掛かったところで、田んぼの中に2頭のイノシシが見えました。私はすぐに車を止めて観察です。通過する車がいっぱいあるのですが、イノシシは車道近くまで寄ってきて追いかけっこをしていました。

私は湖岸に住んでいます。山からは結構離れているのです。ここでは、イタチや車に轢かれた狸、近くで繁殖しているらしい狐を見ることはあるのですが、野生のイノシシは初めてです。

収穫時期、イノシシが田んぼに入ると稲が全滅するそうです。
改めて獣害対策の必要性を認識しました。  
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保険の手続き

入院給付金の請求手続きを始めました。
JA共済は診断書の提出を求められますので、病院で交付申請手続きをしてきました。
県民共済と日本生命は入院医療費領収書のコピーだけで良いそうです。

さて、今日も電話の多い日でした。
「きよたか、今どこや」
「すんません、自宅にはいません」
選挙の反省や事後処理のこと、費用の支払いのこと、さらにパソコンの修理関係、コミュニティ助成事業補助金の採択確認や自治会総会の相談などが主な内容でした。

コミュニティ助成事業補助金については、藤井代議士から総務省の予算がついたと連絡をいただいています。2月11日のことです。入院中の病室に、代議士から直接ご連絡いただいたのです。12日に県に連絡がいくので、数日後には市から自治会へ知らされるだろう、とのことでした。
でも、区長さんにはいまだに連絡がありません。市役所へ確認の電話を入れてみました。
国の予算が付いても、県や市の都合で断るケースもあるようですから、念には念をということです。
23日に、ようやく市に連絡があったそうで、間違いなく集落へ補助金が来ます。ありがたいことです。そして、自治会総会で区民の皆さんに報告できます。  
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2009年02月23日

入院、その後

3週間も病の床に伏していました。点滴チューブが外れた後半は、できる範囲で病院を抜け出し、平尾道雄個人演説会の設営や弁士、司会者として活動していましたが、思わぬ入院で多くの仕事が停滞しています。
今日は、選挙事務所の後片付けが済んでから、農地・水・環境保全向上対策活動組織の会計処理などに走り回っていました。  
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2009年02月22日

エッセー

入院中に執筆したエッセーを掲載しました。
2月15日から順に20日まで順に読んでください。

このエッセー集のタイトルは「中国の匂い」です。  
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2009年02月21日

退院

昨日の14時に退院しました。
この3週間、皆さんには大変ご迷惑をお掛けし申し訳ありませんでした。

入院の後半、病室で書き溜めたエッセーを後日公開予定です。
病棟の看護士さんの何人かが「面白い、続きが読みたい」と言ってくれました。

このエッセーは、14日に記載した「He is mine 」で始まります。
内容は15年前の出来事です。

「He is mine 」を読んだ私の支持者の方は、
「アカン、きよたかは高熱でおかしいなった。今も昔も区別できんようになってしもた」
「夢がホンコンにまで飛んどるぞ」
こう、大変心配いただきました。

「旅に病んで 夢は枯れ野を かけめぐる」松尾芭蕉辞世の句を思い浮かべていただいたのでしょうか。  
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2009年02月20日

韓国へ

「北村君、ちょっと」
課長に呼ばれた。
「実は、韓国駐在について考えてほしいんだが」
「えっ、中国じゃないんですか。韓国ですか。いいですよ」
「家族と相談して決めてくれたら良いんだ」
「家族もOKです。家族は中国駐在と思っています。韓国なら中国よりうんと近いので問題ありません」
「今、返事をしてもらわなくてもいいんだ。家族と相談してよく考えてくれ」
「大丈夫です。今、返事します」

かくして、とんとん拍子で韓国駐在が決まったのであるが、赴任後、よく考えろと何度も言われたことを思い知ることになる。  
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2009年02月19日

拍手

香港啓徳空港に近づいてきた。着陸態勢に入った。窓から真横に見えるのは香港の高層ビル群だ。すぐ近くに迫っている。
どど〜ん、と大きな音がして車輪が接地した。着陸だ。同時に機内から大きな拍手が巻き起こった。私も隣の婦人と顔を見合わせ、拍手をしていた。

台湾上空を過ぎたころであろうか、シートベルト着用のサインが出た。気流が乱れているようだと思う間もなく揺れだした。
まるでジェットコースターだ。心臓が口から飛び出しそうになる。そのうちガタガタと揺れだした。思わず口走る。
「空の上にも砂利道があるんですね」
隣の婦人がこれに応え話し始めた。やっぱり怖かったようだ。
それから到着までの2時間、揺れが治まってからでもやまないご婦人の話に私は居眠りする間も無かった。

香港に到着したときの大きな拍手は、怖い思いをしたみんなのホッとした思いからだったのだ。  
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2009年02月18日

中国の匂い

中国に着いたその晩、先発隊の皆さんがウエルカムパーティをしてくれた。あれ食え、これ食え、北村は若いから何でも食えるやろ。部長が強いる。
40歳です、若くは無いです、と言いながら、出されるものをパクついていた。

「北村、これは中国の香草や。大丈夫か」
「おいしいですね」
「これが食べられたら中国駐在も問題ないな」
「えっ、中国駐在ですか」
事業部の中国展開の候補生に上がっているようである。

この出張の3週間ほど前のことだ。北京に出張中の製造部長から直接電話が掛かってきた。深センの展示会に参加しろというのだ。
「直属上司を通してください。英語できません。パスポートありません。飛行機乗ったことありません・・・」思いつく言い訳をいっぱいしましたが「特命である」とのこと。なるほど、駐在前に現地を見ておけと言うことかと、今夜わかったのだ。

さて、香草である。
なにも問題は無かった。でもあの食あたり事件後食べられなくなったのだ。香草の匂いで胸が一杯になるのである。以来、食事はホテルのレストランでしか取れなくなった。
「北村さん、なに食べます」
「スパゲッティミートソース」
「他にもおいしいメニューありますよ」
「ミートソースは絶対缶詰、だから日本と同じ味と匂いです。これ以外食べられません」

帰国してからでも「きよたかさん、お土産です。中国のパンダチョコレートですよ」
一口食べてみて
「アカン、中国の匂いがする」  
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2009年02月17日

食あたり

朝から展示場では大騒ぎ。中国深センでは金融機械展が開催されていて、私は、このスタッフとして参加している。

今朝は、北京から来たスタッフが来ていない。ATMの鍵を持ったままダウンしているようだ。

「きよたかさん、お腹、大丈夫ですか」営業スタッフである。夕べ北京ダックを一緒に食べに行ったのだが、そこであたったようだ。「うん、すこしおかしい。でも正露丸でとりあえず大丈夫」「僕もおかしいんですよ。でも李さんは起きられないみたいです」鍵もどこにやってしまったかわからないようだ。

「北村君、君の出番だ」部長は私にATMの扉を開けろと言う。無理ですよとも言えず、道具を出して扉の隙間を広げたりしてみた。
でも絶対無理なのである。海外仕様のATMには戦車に使われる鋼板が使われている。ダイナマイトが爆発しても壊れない強度だ。鍵は金庫のダイヤル錠。だから絶対無理だ。
そのうちふらふらの李さんが登場。鍵も持ってきてくれた。良かった。一件落着だ。

夕べは、四人で深セン市貿易センタービルに北京ダックを食べに行った。最上階が食堂だが入場するのにもお金が要る。庶民の入れるところではないのだ。

生水は出てこない。ウーロン茶とか中国茶とか、熱いお茶が出される。ビールや冷たいお茶などを注文すると、目の前でビンや缶をあけてくれる。こんな所だから誰も食あたりするなんて思っていなかったのだ。そして、中国人の李さんが一番強烈に食あたりして、彼はその後1日中部屋で寝ていたのだ。

私には、中国の食事に中国人があたったということが信じられなかった。  
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2009年02月16日

スリ

香港の九竜駅から電車に乗って深センに向かっている。
「北村、中国はスリに気をつけなアカン。そして、お前の服装やけど普段着は持って来んかったんか」
「はい、荷物になるものですから。今着ているスーツだけです」
「その服装は狙われる」
「ど、どうしたらいいんですか」
「ハハハ、そう心配するな。わしらが付いてる」

しばらくして
「あれ、ここに入れといた書類が無い」
中国室長だ。
「やられた。すられたみたいや」

それは空港でのこと。1時間待ってやっと会えた営業部長。そして、中国室長とは両替所で合流したのだが。
「おう、やっと見つかったか」
「ご迷惑をお掛けして申し訳ありません」
「とりあえず1万円両替したらええ」
初めての海外出張、何から何まで教えてもらっていたのだが、この時すられたようだ。

「わしらが付いてる」
この言葉がむなしく聞こえ、それからは、電車の中でも、タクシー乗り場でも荷物を体に引き寄せ小さくなっていたのである。  
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2009年02月15日

初めての海外

40歳にして初めての海外出張である。関空から香港を経由して中国深センに入った。

一人香港に到着した私は、成田からの営業部長と到着ロビーで落ち合うことにしていたのだが、ここでは待ち合わせ場所が少し違っただけで1時間以上も心細い思いをしたのである。

営業部長は到着ロビーを「おーい、きたむら〜、きたむら〜」と大声を上げて何度も往復してくれたそうだ。

初めての海外である。空港の見取り図を取寄せ、周到に待ち合わせ場所を打ち合わせていたのだが、そこに間違いがあったのだ。税関を抜けた出口ドア前が待ち合わせ場所だった。何度も確認したのだ。本当にここで良いのか確認したのだが。

税関審査を終って、さあここが待ち合わせ場所だと、ほっとしたのもつかの間、ドアから出て行けと税関の職員が手で合図している。
ドアから出てしまったら、もう会うことができない。抵抗したが追い出されてしまった。
このドアは自動ドア、中側からだけ開くようになっている。仕方がないので、ドアの前に陣取り、誰かが出てきたタイミングで中を確認することにした。

「とりあえず何もせずに待て」ということだった。「初めてやから、両替も落ち合ってからしたらええ」ということだ。香港まで行ったら、後は任せろという言葉を信じて、この先どうしたらいいのか調べてもいない。「えらいことになった」と、だんだん不安が募ってきた。

自動ドアが開いた。声が聞こえた。「おーい、きたむら〜、きたむら〜」
営業部長である。
私は、声を振り絞り「部長〜、ここで〜す」

「北村、どこに行ってしもたか心配してたぞ。ロビーのどこにもおらんのやからな」

かくして、初めての中国出張が始まったのだ。
  
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2009年02月14日

He is mine

目の前に制服を着た中国人が立っている。英語で何か言っている。この場所を早く立ち去れと言っているようである。

声が聞こえてきた。
「He is mine! He is mine!」
アントニーである。私を指差し手招きしているのだ。
「謝謝」私はアントニーのもとに向かった。

「出国審査を出たら動いてはいけない。迎えに来るから」
ここは、中国深セン、アントニーは私にこう告げて香港人用の出国審査場に向かったのである。
言いつけに従った私は、アントニーが迎えに来るまでじっとしていたのである。

この時の「He is mine」はうれしかった。
「彼は仲間だ」こう言っているのだなと、うれしかったのである。

この半年後、海外駐在が決まる。
各方面の期待を背負って韓国に赴任したのだ。
そして、期待に応えようと頑張った。
「He is mine」という人たちが増えた。  
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2009年02月13日

大部屋

個室から4人部屋に移ってきました。退院はもう少し先になるようです。

4人部屋は差額ベッド代が要らない代わりに設備は貧弱。
NHK第一を聞いていた有線放送チューナーはありません。ラジオを持ち込んでいますが部屋では入りません。
テレビシステムは同じなのですが、DVDプレーヤーが付いていません。その分テーブルが低くできているようで、テレビの下にノートパソコンが置けます。
そして引き出しテーブルの上にはマウスと106キーボード、天板にはプリンタを設置しました。

パソコン作業が快適な4人部屋です。  
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点滴

ちょうど1週間です。
入院以来つながっていた点滴チューブが外されました。
微熱も治まり病気で萎えていた気力も復活。
隔離されていた個室から大部屋に移れそうです。
退院まであと一息かな。  
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2009年02月12日

有線放送

病室には有線放送のチューナーが設置されています。
いつも聞いているラジオNHK第1を聞こうとするのですがチャンネルがわかりません。
120チャンネルもあるのですから、1チャンネルずつ調べるにしても病気の身には大変なことです。

看護士さんに聞いてみました。
「チャンネル表、ありませんか」
「前はあったんですがねぇ」

今日は、点滴を引きずり隔離病室を出てX線撮影に一人で出かけたのですが、その帰りに総合案内に寄って聞いてみました。

戻ってみると、部屋にはもうチャンネル表が届いていました。
やっとNHK第1のチャンネルがわかりました。  
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2009年02月11日

結婚記念日

32回目です。
病室で久しぶりに妻とのひと時を過ごしました。
そして、別れ際
「孫、連れて来てナ」
夕方が楽しみです。  
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2009年02月10日

病院にて

「きよたかさん、お体お拭きしましょうか」
「い、いや、もうすぐ妻が来ますから」
きれいな看護士さんが入れ替わり立ち代りお世話に来てくださいます。
たまに、太い声で「お変わりありませんか」と男性看護士さん。
こちらも頼りになります。

2月6日、緊急入院しました。
熱がいっこうに治まらないので、無理やり妻が放り込んだのです。
病院では感染のおそれがあることから、個室に隔離されています。個室内でもマスク着用が条件です。
そして、救急外来のベッドで付けられた点滴チューブが外されることは、当分ないようです。

2月1日以降、熱で食事が満足に取れていないことから体液バランスがメチャクチャになっているようです。「飢餓」です、と言われてしまいました。そしてレントゲン写真の肺は白い影だらけでした。

普段の生活から離れ、自身の日常を見直すいい機会かと思っていますが、この間大勢の方にご迷惑をおかけしています。
約束していたことが果たせなく申し訳ありません。

(この記事は病院のデイルームに設置された端末から投稿しています)  
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2009年02月02日

39.9℃

昼過ぎのことです。柴田先生から電話がありました。
「どうや、ちょっとは良くなったか」
「アカン、熱がぶり返してきた。トイレに行くのもつらい」
「点滴したげるから出てきなさい」
もう、動けん言うてるのに。でもせっかくですから、ふらふらしながら車を運転して診てもらいにいってきたのです。
体温計を見てビックリ。39.9℃です。水銀柱がこんなに伸びきったのは初めて見ました。
昨日、自宅で計ったときデジタル体温計が39.8℃を表示していたのですが、体温計の故障ではなかったようです。

こんなに熱が出るのは肺炎らしいのです。
点滴をしてもらい、抗生物質と座薬をもらってきました。
点滴は効くのですね。今は、しんどいのが少し治まってきました。  
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2009年02月01日

タミフル

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夕方、主治医の柴田先生から電話が掛かってきました。

「具合はどうや」
「あかん。動けんわ。39.8℃もある」
「タミフル飲んでるか」
「キチンと飲んでる」
「座薬は処方せんかったけど、取りに来るか」
「娘がもらった座薬があるから、それを入れた」

診察室では、議員が動かんから大事なことができんのや、と罵声を浴びている私ですが、こんな時には優しい声を掛けてくれる先生だったのです。  
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